初代国民的美少女と言ってもよい宮沢りえがとうとう結婚そしてママになろうとしてます。
貴乃花親方(当時、貴花田関)との婚約から突然の婚約解消など
恋愛に関して羽陽曲折していた宮沢りえさんでしたが
とうとう幸せゴールインとなりました
よかったですねぇ 宮沢りえさん
読売新聞より
女優の宮沢りえさん(35)が近く結婚することが13日、分かった。
所属事務所が明らかにした。相手は一般人で、名前などの公表は控えたいとしている。
現在、妊娠6か月だが、東京・渋谷のシアターコクーンで上演中の舞台「パイパー」には、今月28日の千秋楽まで出演する。
宮沢りえさんは「一昨年の終わりに知り合った彼と、子供とオリジナリティーあふれる家庭を作って行きたい」とのコメントを出した。
宮沢りえさんは1992年、大相撲の貴花田関(現貴乃花親方)と婚約したが、翌93年に解消した。

宮沢 りえ(みやざわ りえ、1973年4月6日 - )
東京都練馬区出身 練馬区立大泉学園中学校卒業
所属事務所はエムツー企画
若かりし 宮沢りえ

* 1985年、 明星食品「チャルメラ」でCMデビュー
* 1989年、初主演映画『ぼくらの七日間戦争』で日本アカデミー賞新人賞を受賞
小室哲哉楽曲提供による『ドリームラッシュ』で歌手デビューし、
人気音楽番組『ザ・ベストテン』の最終回にランクインした(出演はなし)
カレンダーでは大胆なふんどしルックが話題を呼んだ
* 1990年、『NHK紅白歌合戦』に出演、NHKホール外で自由に歌いたいとの本人の希望で、
紅白初の中継出演となった
芝浦の倉庫屋上でバスタブにつかりながら『Game』を歌った姿が話題を呼んだ。
* 1991年発売の写真集『サンタフェ』(Santa-Fe、篠山紀信撮影)は
人気絶頂時のヌード写真集で大ヒットし150万部のベストセラーとなる
東南アジアなどでは海賊版も出回った
* 1992年、貴花田(当時関脇)との婚約を発表し、
当時国民的な人気を誇っていた2人の交際が大きな話題となる
しかし短期間で不可解な婚約解消
* 2001年、香港映画『華の愛~遊園驚夢』で第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞受賞
* 2003年、『たそがれ清兵衛』で日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞
* 2005年、『父と暮らせば』で第47回ブルーリボン賞・主演女優賞受賞
* 2005年、幹田卓司(宝石デザイナー)と交際中
* 2009年2月13日、妊娠6か月で、実業家男性と結婚することが報じられる
子供モデル時代から同時期に活躍していた後藤久美子とは、
同学年で仲が良く、ライバル関係でもあった
また、マネージャーを担当していた実母(「りえママ」)の存在が注目を集めたり、
中村勘九郎(現・中村勘三郎)やビートたけし、市川右近、桐島ローランド、市川海老蔵、中田英寿など数々の交際の噂が話題になった
交際の噂だけでなく、自殺未遂騒動や拒食症による激痩せなど、
自身の変調を来した様子もまた話題になった
貴花田(当時)との婚約解消騒動以後は、特に拒食症の噂等芸能マスコミからのバッシングが絶えなくなり、
アメリカに移住するなどして、一時期はほとんど芸能活動休止状態となった
激痩せから回復してきたと見られる頃から徐々に芸能活動を再開し、
2002年の『たそがれ清兵衛』で落ち着いた演技を見せ、映画の成功以降は、
女優としての活動の幅が広がり、本格派女優としての評価が定着しつつある
尊敬する岡本太郎が書き綴った「生きること、死ぬこと」「夫婦愛」等の詩を朗読する活動も行っている
オランダ人の父親とは、母親と離婚したために幼い頃から別居状態だった
テレビ朝日のワイドショーの取材で異母兄弟がいることが明かされた
又、異父兄弟の日本人男性も一人いる